2009年08月27日

たけし覚醒剤について語る 「昔はみんなやってたんだから」

たけし 覚醒剤(ヒロポン)について「昔はみんなやってたんだから」

芸能人の実名がボロボロ出てくる。

それだけでなくて自分の師匠がヒロポンを買いに行ったときの話まで。

動画は昔のもので「北野ファンクラブ」という番組かららしい。


動画中の発言をピックアップ

「覚醒剤なんて浅草のフランス座行ったら昔はいっぱいあったんだから。」

「南利明さんが打っちゃったって噂があるしね、三波伸介さんとか由利徹さんとか。」

「由利さんなんていまだに おれの血液の半分は覚醒剤だ って言ってる。だからいまだに元気がいいって。 あれはやっとくべきだぞ って。」

「うちの師匠なんて王子の方に買いに行ったことあるんだから」

「その情報がどっから入ってくるかわからないけど、覚醒剤やってるとそういう情報が天の声みたいに聞こえてくるんだって。」

「それで(師匠が)王子に買いに行っちゃった。その匂いで”ここだ”って見つけた。汚いアパート。ドア ギーって開けて『すみません、ヒロポンありますか?』って言ったら『はーい』って声が聞こえて、ここにゴム管(ハチマキのように)くーっと縛って、ここ(こめかみのあたり)に注射器ぶらさげたオヤジが出てきたんだって。『今ちょうど煮立のあったかいのあるからさめるまで待ってろ』って。」

「岡晴夫さんも歌いなが打ってたって。(舞台袖に片手入れて)♫ ドラの音たのし~ ♫って」

「だって売ってたんだから、ヒロポン。昔はちゃんと薬局で売ってたんだから。それが戦後だめになったんだから。昔は、いいんだよあれは、売ってた。戦後はダメになったんだよ。」


相当ヤバ目の発言もある

動画そのものが昔のもので、今はさすがにこんな事を放送では言えないだろう。

しかし、このころ「たけし」って 本当に面白かったなー

東京スポーツでも実名をあげて

2009年8月17日発売の東京スポーツでも実名をあげて

昔から薬物に手を染めている芸能人は多く、芸人ではミヤコ蝶々、三波伸介、東八郎、かしまし娘などの実名をあげたが、1951年の覚せい剤取締法執行まで「ヒロポン」と呼ばれる薬物は合法だったため、使用していたとも説明する。

たけしがフランス座にいた頃は、ダンボールにアンプル(注射剤)が山積みになっており、皆、これを使用してから舞台に上がっていたようで、これにはさすがのたけしも「驚いた」と明かしている。

引用元: livedoor ニュース

昔の雑誌のヒロポン広告

ほんとに昔は普通に薬局でに売ってたらしい。

下の画像は昔のヒロポンの雑誌広告。

「頭脳の明晰化」 「最新除倦覚醒剤」とか「疲労の防止と恢復に!」とかって体によさそうなキャッチコピーが書いてある。

ヒロポン

ヒロポン画像

ヒロポン画像

ヒロポン

ヒロポン常用者の末路

つい最近、名前をあげれば誰でも知っている有名な歌手が死んでね。故人のために名は伏せるけど、このヒトもかつてはひどいヒロポン中毒だった。なんとかやめることができたけど、残念ながらからだの深いところを蝕まれていたんだろうね。死ぬ数ヶ月前から頭がおかしくなって・・・・・・むかしからよく知っているヒトだから辛くてね。

医者の話だと、ヒロポンの副作用というのは、二十年から二十五年ぐらい後で出てくるらしい。若いときには体力があるから抑えられているけど、七十近くになるととても体力がついていかないからね、みんな、バタバタ死んでいっちゃう。ほとんど内臓をおかされてね・・・・・ね。

このヒト庭の木によじ登るんだよ、カミさんと一緒に。カミさんも亭主と同じころにヒロポンを打ちはじめたからね。大体、おなじ時期に頭がおかしくなったわけだ。ぼくが散歩していたら、八百屋のご用聞きが自転車で通りすがりに、
「△△先生のとこ、はじまりましたよ」

「おい、見世物じゃねえんだよ。可哀相にヒロポン中毒なんだから、放っといてくれ!」
って叱るとね、

「でもね、危ないんですよ。枝が折れたら・・・・・・」
たしかにそうだよね。夫婦で落っこっちゃったら、大変だ・・・・・・。

死ぬ二週間前に、おかしなことをいい出してね。

「ぼくの恋愛を誰かが邪魔してる!」
って怒るんだよ。話を聞くと、

「ぼくには十七歳の恋人がいる。仙台の方に住んでいるけど、ぼくたちの間を誰かが邪魔して、別れさせようとしているんだ!」
で、その犯人は、

「バタやんじゃないか?」
って真剣な目でいうんだね。《ア、こりゃおかしい》って思ったけど、あいまいに口を濁して聞いていたわけだ。ところが翌日、バタやんがカンカンになって起こって電話してきてね。

「彼から電話がかかってきて、おまえじゃないか? っていうんですよ。何いっていやがる、ヒトの恋路を邪魔するほどヒマじゃない。ぼくは自分のことで精一杯だ、って怒鳴りつけましたけど、どないなってるんやろ? あのヒト・・・・・・」

で、日本歌手協会に、その歌手はひとかかえもある封筒の束を持ち込んでね。

「これ、この通り、恋人からの手紙がこんなにある。まあ、読んでくれ」

読んでみると、なんのことはない、どう見てもただのファン・レターなんだよ。そして、「誰が犯人か、協会も探すのを手伝ってくれ」
っていうんだよ。困るよね、そういわれても。で、協会は会員全体の福祉と向上をはかるためのもので、個人の恋愛沙汰にタッチするわけにはいかないって説明したけど、それだけで、今度はぼくが邪魔しているっていうんだよ。もうラチがあかないからね。

「・・・・・・××さんね。警察に行って探してもらったらどうだろう? 一番いいんじゃないか。ぼくもついていってあげるから」
ってことで、築地警察署に行ってわけだ。ところが、警察署まできて玄関口の赤いランプを見たとたんに、

「あ、やめた! 帰る・・・・・・」

さっさと帰っちまった。《警察沙汰はまずい》って瞬間的に意識が正常に戻ったんだろうね。

で、その二週間あとに彼は亡くなり、いくらも日もたたないで、奥さんも後を追った・・・・・・。

引用元: ディック・ミネが語った あの歌手・このハナシ(第2章:ヒロポン中毒で散った芸能人)

上記引用元サイト(今だから…昭和さ ある男のぼやき)のページには他にもヒロポン中毒になった人たちの事がいくつか書かれています。

at 02:14 | Category : エンターテイメント | Comments [0] | TB [0] はてなブックマークの数
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